デス・オーバチュア
第253話「狂乱の女皇」



そこは全てが凍りついた世界。
冷たく透き通る氷でできた広大な部屋の中心に、棺が一つだけポツンと置かれていた。
棺もまた部屋と同じく氷でできており、その中に一人の少女が収められている。
突然、氷棺の蓋が独りでにズレると、氷室の低温を凌駕する超低温の冷気が吐き出された。
「…………」
超低温の冷気が氷室に拡がっていく中、氷棺の中から全裸の少女が半身を起こす。
「………………」
少女は氷棺から出ようとはせず、己が掌をただじっと見つめていた。



「……うぐぎゃあああああああああっ!?」
突然、虚空に悪趣味なぐらい派手な青年が出現した。
無数の青い薔薇の刺繍がされた白い上下のスーツ、少し青みがかった白髪、蒼穹の空のような澄んだ青瞳……ガルディア十三騎の一人『青薔薇のハーミット』である。
ハーミットはそのまま墜落し、床に顔面から激突した。
「……っぅ……どこだ、此処は?」
流血している額を手でおさえながら、ハーミットは顔を上げる。
「お帰り、ハーミット。あなたらしくない……いえ、あなたに相応しい無様な帰還ね……」
「うっ!」
その声を聞いた瞬間、ハーミットの背筋に寒気が走り、不可視の重圧が立ち上がろうとしていた彼を再び跪かせた。
「イ……イリーナ……様……現世に戻……られていたのですか……?」
ハーミットが直視することができない前方には白金の玉座があり、そこに竜胆色のキャミソールドレスを纏った十二歳ぐらいの少女が足を組んで頬杖をついて座っていた。
光り輝く『白髪』のツインテール、蒼穹のどこまでも青く澄み切った瞳、白くきめ細かい象牙の肌 天使か妖精のような愛らしさと、至高の芸術品のような大人びた美しさを併せ持つ少女。
十三騎全ての上に君臨する存在、ガルディア皇国現女皇イリーナリクス・フォン・オルサ・マグヌス・ガルディアが、塵を見えるような目でハーミットを見下していた。
「ええ、限界まで鍛え終わったからね……後は祭りの日まで地上でゆっくりと調整することにしたの……」
「…………」
イリーナの声は上機嫌で明るい感じだが、ハーミットに対して威圧と畏怖を浴びせ続けている。
圧倒的な恐怖に震えながら、ハーミットは少しだけ顔を上げ、女皇の表情を伺おうとした。
「誰が面を上げていいと言ったっ!」
「がああっ!?」
先程までの精神的な威圧とは違う、明らかに物理的な負荷がハーミットにかかり、彼を床に叩きつける。
ハーミットは自身が埋まるほどの穴を床に作り、圧倒的な重圧(威圧)によって強制的に穴の底へ顔を押しつけられ続けていた。
「リーアベルトか、フォーティーあたりがあなたを始末してくれるかと期待していたのだけど……どうやら彼女達にはそのつもりはないみたいね……」
「ぐ……っ……がぁ……」
重圧は身動き一つどころか、満足に口を開くことすらハーミットに許さない。
「祭りの日までおそらく後一週間といったところ……このまま名ばかりなモノに十三騎でいられてはちょっと困るのよね……」
「……名……ばか……りぃ……?」
「ええ、傍流とはいえ血族の誼みで十三騎の地位を与えてあげていたけど……今この瞬間、剥奪させてもらうわ」
「ぐっ!?」
イリーナは玉座に座ったまま微動だにしていない、にもかかわらずハーミットが独りでに宙へと浮かび上がった。
「消えなさい、出来損ない!」
「ぐっぅぅぅ……があああああああああああああああああっ!?」
自らの存在する『空間』が爆発する直前、ハーミットは『不可視の戒め』から脱出する。
「あら? 最弱の力だったとはいえ、わたしの『眼力』から逃れるぐらいの力はあるのね……腐ってもガルディア血族か……」
イリーナはほんのちょっとだけ驚いたといった感じだ。
「くぅっ、もはやこれまでか……イリーナ! その命頂戴するっ!」
ハーミットは我が身を守るため、主人である女皇に反旗を翻えす。
「無能者として処分されるより、謀反人として誅殺されることを望むか……身分不相応なプライドゆえかしらね……」
「ほざけっ! 受けよ、青き薔薇の洗礼……インプレッシブ・ブルーローズ!」
跳躍したハーミットが左手を横に振ると、無数の青い薔薇が出現し解き放たれた。
「…………」
青い薔薇は全て青い流星となってイリーナに迫るが、彼女は玉座に座り込んだまま微動だにしない。
無数の青い流星は、イリーナの直前で見えない壁に遮られるように消滅した。
「なんだとっ!?」
「……はあ……弱い弱いとは思っていたけど……まさかここまで弱いとはね……」
嘆息するイリーナの周囲を、青い宝石と装飾の施された美しい白金の十字架が飛び回っている。
「四つの青き十字架?……まさか、それは……」
ハーミットは、イリーナの周りを展開している四つの十字架の正体を悟った。
「ええ、アウローラの金属羽(フェザー)と同じような物よ……使徒(アポストル)と名付けることにしたわ……神(わたし)に付き従う聖者達……十三の御使い……」
「十三!?」
その数字はガルディアにおいて特別で神聖なものである。
十三とは初代ガルディア女皇『聖皇』と呼ばれた存在に付き従った使徒(御使い)の数であり、故に十三は尊き数とされ、ガルディア皇族の許可なく使うことは禁止されていた。
実際、ガルディアにおいて十三を名に冠している存在はガルディア十三騎だけである。
なぜ唯一十三を名乗ることを許されているかといえば、ガルディア十三騎が聖皇の十三使徒を原型(モデル)として生まれた組織だからだ。
「見よ、神に付き従う新たなる十三の使徒(下僕)を!」
イリーナの背後から新たに九枚の十字架が飛び出し、宣言通り十字架(使徒)の数は十三に達する。
「ぐっ……イン……」
「踊れっ!」
女皇の周囲を舞っていた十三の使徒が一斉に飛び立ち、それぞれの十字架の下先端から白い光線が撃ちだされた。
「がああああっ!?」
十三本の光線はハーミットを取り囲むようにして掠め、衝撃と爆発が彼の体を宙へ放り上げる。
全ての光線が直撃していればハーミットは跡形もなく消え去っていただろうに……なぜかイリーナはわざと攻撃を外していた。
「きっ、貴様ああぁっ! 我を嬲るかっ!?」
ハーミットの周囲に無数の青薔薇が出現する。
「オールレンジ(全方位)攻撃なら私にもあることを忘れたかっ!」
四方八方に解き放たれた青薔薇全てが巨大な青い彗星と化して、様々な角度からイリーナに襲いかかった。
「青き彗星の裁きを受けよっ!」
「…………」
イリーナは先程の青い流星の時と同じく玉座から動こうともしない。
「愚かなっ! 我が彗星の輝きのまえでは、あのような脆弱な壁など何の妨げになりはしない!」
彗星は流星の百倍以上の破壊力を有しており、例えイリーナが先程と同じ障壁を張ったとしても容易く粉砕する自信がハーミットにはあった。
しかも、全方位からの彗星の包囲網に隙間はなく、いまさら回避することも不可能である。
「跡形もなく消え去るがいいっ! ガルディアは私が……ああぁっ!?」
青き彗星達が全てイリーナに届く直前で爆散した。
『…………』
そして、消え去った彗星達と入れ代わるように、イリーナの前に一人の『死神』が立っている。
死神……ローブのフードを深々と被った骸骨……それはガルディア十三騎の『黒の正装』以外の何物でもないのだが色が違った。
イリーナを庇うように立っている死神の衣は漆黒ではなく純白である。
「……白い十三騎だと……馬鹿な……」
こんな奴は知らない……ハーミットはこの死神が自分の知っている十三騎の誰でもないことを確信していた。
「……なんて純粋で美しい『殺気』……」
純白の死神の纏う空気は、限界まで研ぎ澄まされた殺気と、果て無き狂気を内包している。
「……いや、限界を超えてなお研ぎ澄まされ続ける殺気というべか……」
他人の雰囲気を、気配を美しいと感じてしまったのは、ハーミットにとって初めてのことだった。
「……阡?」
本来、十三騎としての識別番号が青字で刻まれているはずの左胸に視線を向けると、そこには読めない字が血のような赤字で刻まれている。
『……散れ』
「なああああああああああっ!?」
死神の口から掠れるような声が漏れた瞬間、千を越す光の線(刃)がハーミットを細切れにした。
『…………』
死神の右手にはいつの間にか、光り輝く十字架……のような剣が握られている。
「……ねえ、今のわざと?」
イリーナが自分の前に立っている死神の背中に声をかけた。
『フッ……』
答えの代わりに失笑すると、死神はイリーナの座る玉座の後に回り込み……そして姿を消す。
「……まあいいけどね」
幼き女皇は困ったように嘆息しながらも、その顔は割と楽しげな苦笑を浮かべていた。



「ぐ……ぅ……はぁ……ぁぁ……」
大量の血を垂らし床を赤く染めながら、白髪の青年が這いずるように歩いていた。
先程、細切れにされてこの世から消滅したはずの青薔薇のハーミットである。
青薔薇の刺繍のされた白い上下のスーツは真っ赤に染まり、体中を深々と切り裂かれ、常人なら生きているのが異常な状態だ。
切り傷は全て肉も骨も断ち切り、薄皮一枚で肉体の崩壊を繋ぎ止めている感じである。
「……なぜ……私は……生きている……?」
千の光線(斬撃)を認識した瞬間、ハーミットは反射的に転移していた。
だが、逃れられるとは自分でもとても思えなかった、千の光線は転移が完了する前に自分を無数の肉片に切り刻むに違いない。
光線の鋭さと速さがハーミットにそう確信……絶望をさせたのだ。
それなのに自分は、肉片になって散るギリギリでこうして生き延びている。
「……加減されたのか……殺す価値もないモノとして……くっ……!」
他に理由は考えられない……これ以上ない屈辱的な生存理由だ。
「この私が……地上の神たるガルディアの末裔であるこの私が……つぅ……ん?」
耐えがたい屈辱と恥辱に我が身を震わせるハーミットの耳に、水音とも足音ともつかない音が聞こえてくる。
音は廊下の先からこちらに向かってゆっくりと近づいてきていた。
「何……いや、誰だっ!?」
「…………」
やがて、ハーミットの前に姿を見せたのは、床に着いてなお余りある長く大量な波打つ白髪をした全裸の女である。
「な……馬鹿な! なぜお前がで……あああああっ!?」
ハーミットの胸までしかない小柄な少女の右手が彼の首を鷲掴みにした。
そしてそのままハーミットを片手で軽々と持ち上げる。
「が……ぐぁ……あぃ……」
「……なるほど……少しだけ早く起きてしまったのか……」
少女はハーミットの首を締め上げながら、独り言のように呟いた。
「まあ、目覚めてしまったものは仕方あるまい……ふん、それにしても……」
今やっとその存在に気づいたかのように、少女は左手で前髪を払いながら、初めてハーミットに視線を向ける。
「ぬ……ぅ……だ……っ……」
「これでも十三騎か? これでは『贄』にも使えぬ……塵だな……」
どこまでも青く深い蒼穹の瞳がハーミットの全てを見透かすように注視していた。
光り輝く白髪に蒼穹のごとき瞳……そう、この少女はハーミットより遙かに顕著なガルディア皇族の身体的特徴を有している。
「まあよい。塵には塵の使い道があろう……どんなに薄まろうと元の血は紛れも無き神血……」
「私……を……な……ぇ……」
「苦しいのか? 今楽にしてやろう」
「ほ……」
「闇流天覇(あんりゅうてんは)!」
「ぶああああああっ!?」
首を締め上げ続ける右手から解放され安堵の息を吐く間もなく、ハーミットは少女の右掌から放たれた黒き奔流に呑み込まれた。
「ふん……」
黒き奔流が過ぎ去ると、ハーミットの姿は一切の痕跡を残さず地上から完全に消滅している。
「紫煌(しこう)の……」
「むっ!?」
突然、少女の遙か後方に、この地上全てを覆い尽くかのような膨大な魔力が発生した。
少女は慌てて背後を振り返る。
「……終焉!」
振り返った少女が最初で最後に目にしたのは、通路を埋め尽くす紫光の閃光だった。



「流石はガルディア皇国……妙な存在が居るものだな……」
紫の外衣(マント)を羽織った女性は、腰に差した鞘に紫水晶でできた刃の剣を収めた。
元ファントム十大天使第七位ネツァク・ハニエルである。
「消せたのか、それとも消えたのか……」
いまいちはっきりしない手応えだったが、白髪の少女の姿をした『邪悪な存在』の気配は確かにこの城から消え失せていた。
「容赦ないね、紫苑……挨拶も無しにいきなり最大奥義なんて……」
ネツァクの『連れ』である紫の少年……羅刹王ラーヴァナにしてガルディア十三騎士の一人でもある破壊魔フィンが茶化すように言う。
「ふん、あんな邪悪な存在を滅して何が悪い?」
「別に僕らは正義の味方じゃないんだから、邪悪を見つけ次第滅さなければいけないこともないと思うけどね……そういったことはどこかの聖騎士様か、神殺しあたりに任せておけばいい……」
「ふん……ん?」
「ようこそ、わたしの城へ!」
さっさと一人歩き出そうとしたネツァクの前に、この城の主である女皇イリーナが出現した。
「…………」
ネツァクは腰の剣の柄に右手を添える。
「気配が完全にこの世から消えたところを見ると……どうやら、貴方がハーミットを始末してくれたみたいね。手間を省いてくれて礼を言うわ」
「ハーミット?」
聞き覚えのない名前だが、おそらくあの邪悪な存在に『消され』た青年のことだろうと思い当たった。
「破壊魔もお帰り、よく彼女を連れてきてくれたわ」
「…………」
破壊魔フィンは女皇の前に深々と跪いている。
「ほう……」
ネツァクは、羅刹王であるこの少年が他人に膝を折るところを初めて見た。
「……ガルディアの女皇か……」
一目見た瞬間からおそらくそうであろうとは思っていたが、フィンの態度で改めて少女の正体を確信する。
「ええ、ガルディア女皇イリーナリクス・フォン・オルサ・マグヌス・ガルディアよ。歓迎するわ、元ファントム十大天使第七位ネツァク・ハニエル……それとも羅刹の紫苑とでも呼びましょうか?」
「……好きに呼べばいい……」
「あら、そう? てっきり紫苑と呼んでいいのは一人だけだとか言うかと……」
「つっ!」
ネツァクは一瞬で剣を抜刀しイリーナの首筋に突きつけた。
「……どこまで私のことを知っている……?」
「全部……かな? 少なくとも情報として他人が得ることができることは全てね」
イリーナは首筋に剣を突きつけられても、欠片も焦る様子もなく寧ろ楽しげに微笑んでいる。
「……ふん」
鼻を鳴らすと、ネツァクは剣をイリーナの首筋から引き、腰の鞘へと収めた。
「じゃあ、紫苑て呼ぶけどいい?」
「……好きにしろ……」
「ふふふっ、仲良くしましょうね、紫苑。わたし達は数少ない『同類』なんだから……」
「くっ!?」
同類という言葉がイリーナの口から漏れ出た瞬間、ネツァクは再び剣を抜刀しようとする。
「ストップ!」
しかし、ネツァクが剣を抜刀するよりも速く、イリーナが右手に握った十字架の先端を彼女の喉元に突きつけていた。
「…………」
「…………」
ネツァクは憎しみの籠もった瞳で睨みつけてくるが、イリーナはとても友好的な笑顔を浮かべていて動じる気配がまったくない。
「くっ!」
「ふっ!」
瞬き一度の間の後、二人の立ち位置が入れ代わっていた。
ネツァクは紫水晶の剣を抜刀しており、イリーナが両手にそれぞれもった十字架の先端からは『透き通るような幅広い剣刃』が発生している。
「くっ……がああっ!?」
突然、ネツァクが血を吐きながら前のめりに倒れ込んだ。
「剣で紫苑を凌駕するとは……腕を上げられましたね、陛下……」
口調こそ丁寧だが、フィンの眼差しには主へ向けるものとは思えない鋭さと冷たさがある。
「やだ怖い顔しないでよ、破壊魔。貴方の大切な花嫁を傷物にしたりなんてしないから〜」
イリーナは降参するように両手を上げて、二つの十字架の先端から『限りなく透明な剣刃』を掻き消した。
「ふふふっ、それにしても……」
「…………」
「いつも全てがどうでもよさそうにしている貴方がそんな目をするなんてね……」
「…………」
フィンは、興味深げなイリーナの視線を無視して、倒れているネツァクを抱き上げる。
「あら素敵ね、お姫様抱っこなんて〜」
「……イリーナ、僕にとっては十三騎など別にいつ辞めてもいい……どうでもいいものだということを忘れるな……」
先程の丁寧な口調とは違う、普段の……彼本来の口調でフィンは告げた。
「ええ、解っているわ。もしも、わたしが彼女に害を成すなら、例え敵わぬと解っていも貴方は私に牙を剥く……」
「…………」
フィンはネツァクを抱き上げたまま廊下を歩きだす。
「羨ましいわね、貴方程の男にそこまで想われるなんて……ああ、それなのに彼女の想い人は貴方ではない……運命ってなんて皮肉で残酷なのかしらね〜」
「…………」
「まあ、だからこそ面白いのだけどね」
イリーナはクスリと笑うと、フィン達の後を追って歩き出した。




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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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